いつも心に平穏を

アラフォー主婦の徒然日記。

育児中に子供の癇癪に悩まされ癇癪をまともに受け止めると気がおかしくなりそうなのでいつも「無」になっていた。

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幼児のイヤイヤ期のイヤーーーーーーー!!!!!!(大泣き)、

癇癪持ちの次男の瞬間湯沸し器的な発作、大爆発、大声奇声。

それに伴い暴れる、私を叩いてくる(思い切り)、わざと鼻水を吹き出す、

など、本当にあえて、わざと、私の嫌がることやってるでしょ!!

ってくらいに私もイヤーーーーーー!!!!!(悲鳴)と叫びたくなるくらいの苦痛を味わったことのある母親は、世の中に沢山いることでしょう。

でもなぜか、自分の生活してる範囲では、

まさか我が子だけ!?

うそ、どうして周りの子はいい子揃いなの?

と落ち込むことはありませんでしたか?

えぇ、私はそうでした。

幼稚園のクラスの中で次男が一番癇癪持ちだなーと思って、

こんな気持ちを分かってくれるママはこの中には居ない、相談できる共感できる人いない。

と、少し心を閉ざしつつ時々愚痴も聞いてもらいながら、ママたちとお付き合いしていました。

 (今となっては程度は違えど、皆それなりに発狂しそうな日々を送っていたことも分かります。

私も心の余裕がなかったので、周りのことに気づかなかった、見ようとしなかったところはあったと思います)

 

それで、私は、子供の発狂レベルに引きずり込まれて自分も発狂してしまったら大変だ!

という危機感を常に抱えていたので、

とにかく「無」になろう、

「無」になれば怒鳴らなくて済む、

「無」が無限の可能性を開いてくれる(心が広くなれるかも)。

なんて思いながら、

数々の育児の修羅場を「無」になることで乗り越えてきました。

 

(感情的になると気持ちの切り替えが難しくなりませんか?特に出先で不機嫌MAXな自分になると、顔もブサイクになるし、人にドン引きされるし、何よりもどっと疲れるので怒りを露わにするのが苦手です。家の中では出しますが)

 

「無」

目の前で泣き叫び転がっている次男を見つめているものの、

あふれ出そうな感情(怒鳴ってしまいそう、私も泣いてしまいそう、この子を置いてどこかに逃げたい…等)に蓋をして、

冷静、平然を装う…修行のようなもの。。。

表情筋を緩めて、目の焦点をずらして、

声をかけても余計激しく泣くので声はかけない、

黙って、少し落ち着くのを待つ。

暴れて人様に迷惑をかけそうな時や、

急に走り出して道路に飛び出そうになる時は瞬時に腕をつかみ、全力で抱きかかえる。

抱きかかえられても暴れる我が子を抑えながら汗だく(冬はコートの中の湿度がスゴイ)。

全然落ち着きそうもなかったら、屋外にいる場合は、

ダッシュで帰宅する。

無理矢理にでも自転車に乗せて(エビ反りになってシートから落ちそうになるのを押さえつけながら)

道行く人に何事かと振り返られまくっても、

今の私にはなにも見えない、そんな人たちは居ない、

ただ今私がすべきことは、

世間のご迷惑にならないようにこの発狂中の子を家に連れて帰ることただそれだけ。

 

私だって泣きたい、だけど泣かない、

私が泣いてしまったら子供がびっくりするし、

まず外で親が泣くかーーー!!!

 

とにかく出先で癇癪を起して収まらなかったら速攻で帰宅!

すぐ帰れない場所の場合は…ってことがないように、

この時期はあまり遠くに出かけなかった(涙)

 

そんな、喉元過ぎれば熱さを忘れる的エピソードは数知れず。

家の中では私も泣いたことありました。

泣いて次男に、

「もうあなたをどうやって育てたらいいかわからない」と言ってやりました。

次男当時年長さん。

驚いてシクシク泣きながらもその時は素直に話を聞いてくれたのですが、

何か月か後に同じようなシチュエーションになったので(デジャブ!?)

この子には何も響いてなかったと落胆しました。

 

現在次男は小学校低学年ですが、年に何度か癇癪起こします。

だけどこちらが淡々と「ちょっと冷静によく考えて」 など

何度も何度も声をかけると本人も抑えめに泣きながらも

その時々の対処法を探っています。

すこし進歩しています。

 

 

ひとつ誤解をしてほしくないのは、

 出先で子供が癇癪を起してどうしようもない時に、

「無」になっていても、私は決して育児を放棄しているわけではなかったということ。

泣いてる子を放置、放任しているのではなく、虐待してるわけでもない。

行きかう人々を少し驚かせてしまうかもしれないが、

この「無」になる母親と泣き止まない幼子、というワンシーンは

この親子を評価できるエピソードの全てではない。

その前に原因があり、その後に続く二人の成長のストーリーもあるわけです。

「無」になる母親と泣き止まない幼子、というワンシーンは、

その後その親子が乗り越えていくための過程にすぎないのである。

 

でもやはり心無い冷たい言葉を投げつけてくる通りすがりの人っていますよね。

言葉に出さなくても、「なにこの子?そしてなにこの親??」みたいな顔で見てくる人もいます。(被害妄想だったかもしれません)

 

そういう人に余計に傷つけられないために、

なんの効果もないんだけど、子供に声を掛けたりもしました。

「ほら、泣かないで、帰ろう~」

「あー、何々が嫌だったんだねー。そうだねー、ごめんねー」

など、すべて棒読みですがね。

 ちゃんと子供を見ていますと、周りに示さないといけない時もあります。

心の中では「いい加減にしろー!」です。

 

とにかく、一日一度はイヤイヤが炸裂していたころは毎日が憂鬱でした。

先の見えないトンネル、この日々がいつまで続くのかわからない恐怖。

ワンオペ育児なので、私がダメになったらこの子たちをまともに育てられなくなる。

というところで自分を必死に奮い立たせていました。

 

一番酷かったのはやっぱり2,3、4歳の頃。

懐かしい思い出です。

 

 

 

 

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